自宅で開いている小さな無認可幼稚園で、第1期生が卒園するという開園3年目の春に大地震が襲ったとき、
卒園製作の延長保育のため、一緒にいたこどもたち。
そのこどもたちの幾人かが、今でも月2回の小学生クラスに通ってきています。
金曜日の夕方に始まるこのクラスは、みんな腹ぺこでやってくるから、自分たちで野菜を切って作るスープと、
それから玄米のおにぎりを握って食べるところから始まります。
自分たちで野菜を切ってスープを作るのは、幼稚園時代からの習慣です。
震災前まで、スープ作りの日は、各家庭から一種類ずつ野菜を持ち寄って作ったものでした。
玄米は、すべてをまかなうほどは作れなかったけれど、仙台より少し北に離れた里山に、戦前に作られたまま放置された棚田を手入れしなおした田んぼを借りて、
自分たちで田植えから収穫までやったものでした。

そこは本当に美しい里山で、森に囲まれたおとぎ話の中にでてくるような田んぼでした。
水が豊かで、こどもたちは田んぼ仕事に飽きると、沢水をひいてきた水路に裸足でつかって、おたまじゃくしや蛙やザリガニをつかまえるのに興じました。
そこは山菜の宝庫で、大人達は田んぼ仕事が片付くと、次はわらびや、こごみや、タラノメ穫りに夢中になりました。
そこはまた、とても立派な椎茸のホダ木も置いてあって、時々主にごちそうになるのでした。
みんなで疲れたら、そのままゴザ一枚にごろんと横になってお昼寝しました。

原発事故後、私たちはすぐにお米作りはあきらめました。
あきらめたというより、日々の暮らしを放射能とひとつひとつ向き合うことになり、それどころではなかったというのが正直なところです。
その年の秋に、田んぼを貸してくれていた私たちの「田んぼの先生」が、実験的に例年通りに育てたお米を放射能検査してくれました。
なんと、宮城県では最高位なのではというほどの、高い放射能が検出されました。100ベクレルを超えていたのです。
周囲を森に囲まれて、沢水をひいて育て、天日干しした自然栽培のお米は、恐ろしいほどに汚染されてしまっていました。
あの美しい森でこどもたちと一緒にお米を作った日々は、本当に、永遠におとぎ話の世界に行ってしまったのでした。
二度と、帰らぬ日々です。

私は、実は未だにこうした現実のひとつひとつをしっかりと噛み締められていないようにも思います。
こうして書いていても、どこか感情を閉じてしまっているような、自分の経験への不思議な距離感。
こんな悲しみをひとつひとつ味わっていたら、私の小さな精神はあっというまに崩壊して、明日笑顔で教室に立つことはできないからかもしれません。

先の、もう5年生になった小学生たちの教室での会話。
「震災前はね、しょっちゅうキャンプに行ってたよ。もう仙台では行かないけど。」
「家の庭の梅で梅干し作ってたな。もう今はとらないけど。穫っちゃダメだけど。」
この子たちにとって、何のためらいもなく自然と向き合って過ごした幼児時代は、まさにおとぎ話の中の記憶なのでしょう。
そしてその記憶は年々遠く、夢の中のできごとのようになっていく。
震災と原発事故の混乱の中で小学生になったこどもたちが生きる今の世界は、どのように彼らの目に写っているのでしょうか。

この子らのためにも、いつも希望を見失いたくない。
どんな世界であっても、生きる喜びと希望の光は自らが生み出すものであることを、伝える責任を感じてきました。
原発事故を防げなかった大人のひとりとして、失った日々を感傷で受け取ることだけはしてはいけないと、自分に言い聞かせてきたようにも思います。

朝、ドアを開けて風に吹かれた時にふと思う、「ああ、ここは放射能にまみれた土地なんだ。」という、悲しみともあきらめとも、怒りとも分類しがたい思い。
震災後にこのドアの前の植え込みの土を計りました。チェルノブイリのキエフに相当する汚染値でした。
先週は町内清掃もあって、震災以来怖くて取り組めなかった側溝掃除もしました。
軍手とマスクをして、それでもどれだけ防げたのだろうかと思います。
土も川も、何も悪くないのに、避けなければいけない暮らし。
いつも、どこかに不安を持つ暮らし。
そんななかで、健やかに人間が育っていくには、どうすればいいのだろう。
模索し続けています。

でも、いのちを大事にすることを、あきらめてはいません。
はなつちの会を通して、かつて沖縄でも、絶望の中であきらめないことを、いのちの誇りを大切にしたひとたちのことを知りました。
そして、東北は見捨てられてはいないということも、確信しています。
花は土に咲く、東北の生命力という見えない土を耕しつつ、こどもたちを育てていこうと思っています。

虹乃 美稀子

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